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2021年科学ニュース1位は「タンパク質の構造予測」(21/12/22) [ニュース]

   米科学誌Scienceは、2021年の"Breakthrough of the Year"として、「人工知能(AI)を用いたタンパク質立体構造の予測」を選んだ。タンパク質は、アミノ酸が鎖状に長くつながったもので、水中では、この鎖が折り畳まれて特定の立体構造となる。アミノ酸の並び方は対応する遺伝子の塩基配列からわかるが、どのような立体構造になるかを推定するのは、長い間、大きな困難を伴った。タンパク質同士の相互作用が加わると、立体構造が変化するので、問題はさらにやっかいになる。
 タンパク質の立体構造は、1950年代からX線回折技術を応用して研究されていたが、1個のタンパク質を調べるだけで、莫大な年月と費用が必要だった。だが、こうした地道な研究を続けることでデータが蓄積され、しだいにアミノ酸配列と立体構造の関係が解明されてくる。近年になると、AIを使って膨大なデータから共通パターンを見いだし、それに基づいて各種タンパク質およびタンパク質複合体の立体構造を推測することが可能になった。そうした予測結果と、X線回折のほか核磁気共鳴法や低温電子顕微鏡などによる最新データを突き合わせることで、精度の向上を図ることができる。2018年には、Googleの子会社によって(アルファ碁でも使われた)深層強化学習の手法を用いるAIソフトAlphaFoldが開発され、予測精度は急激に高まった。
 人間の生命活動には何十万種類ものタンパク質が関わっているが、2020年には、AlphaFold2(AlphaFoldの改良版)によって、そのうちの35万種類の構造が解明された。AlphaFold2などのプログラムコードは公開されており、多くの科学者が利用できる。新型コロナウィルスのタンパク質も、このプログラムを使って解析されており、医薬品開発に役立つと期待されている。


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アインシュタインの相対論メモ、15億円で落札(21/11/25) [ニュース]

   アインシュタインが書き残した一般相対論に関するメモがクリスティーズのオークションに出品され、1160万ユーロ(約15億円)で落札された。アインシュタインと友人のミケーレ・ベッソの手になるこのメモは、1913~14年にチューリッヒで記されたもので、54ページに及ぶ。内容は、一般相対論を準備する際の理論計算を含むものらしい。
 重力がエネルギーによって生じた時空のゆがみに起因するという一般相対論は、3つのステップを経て完成された。第1のステップは、等速度運動に関する特殊相対論を加速度運動に拡張しようとするもので、1907年頃から構想された。加速度に伴う見かけの力と見なされていた慣性力が重力と等価だと主張する等価原理をもとに、エネルギーによる時間の伸縮が重力を生み出すというアイデアに到達したものの、「各地点における光速が重力を表す」というスカラー重力理論に囚われて行き詰まってしまう。
 行き詰まりを打開するため、アインシュタインは相対性原理の基本に立ち返り、エネルギーが時間だけでなく空間も伸び縮みさせると考え、学生の頃に勉強したガウスの曲面論を利用しようと試みたが、あまりに難しくて手に負えない。そこで、1912年にチューリッヒ工科大学の教授に就任した際、幾何学を担当していた旧友のマルセル・グロスマンに助けを求めたところ、曲面論の発展形であるリーマン幾何学を紹介され、これを理論に取り入れることにした。アインシュタイン=グロスマンの共同研究は、重力場とエネルギーの分布を結びつけるという一般相対論の基本構想として結実する(第2のステップ)。ただし、すべての観測者にとって基礎的な物理法則が同じ形式になるという一般共変性を有する式(後に「アインシュタイン方程式」と呼ばれるもの)は、見いだせなかった。
 アインシュタインは、1913年から15年にかけて集中的に研究を進め、何本もの(多くは不完全な)論文を書きまくった。1915年夏には、ゲッティンゲンで一般相対論の講演を行うが、これを聴講したヒルベルトは、天才数学者らしく難解な内容を直ちにマスターし自分でも研究を始める。この動きにせかされたのか、アインシュタインは、水星の近日点移動に関するこれまでの議論を見直し、おそらくその過程で正しい基礎方程式に到達する。これが、一般相対論の完成となる第3のステップである。
 今回落札されたメモは、グロスマンとの共同研究によって一般相対論の基本構想ができあがりながら、肝心の基礎方程式が見いだせずに焦燥していた頃のもの。このメモを分析すれば、アインシュタインがどんな過ちを犯し、どこに引っかかって基礎方程式に到達できなかったかがわかるかもしれない。


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EU、スマホ充電器の規格を統一へ(21/09/26) [ニュース]

 欧州連合(EU)は、スマートフォンなど電子機器の充電ポートをUSB Type-C(USB-C)に統一する方向に動き出した。今月23日に欧州委員会から統一規格を義務づける法律の草案が提出されたが、欧州議会と欧州理事会の合意の下に法案が採択されれば、メーカが対応するための24ヶ月程度の猶予を経て、統一が実現される。
 EUの狙いは、消費者利益と廃棄物削減にあるようだ。欧州委員会によれば、消費者は携帯機器用の充電器を平均3個所有しており、規格が統一されれば、年間2億5000万ユーロに及ぶ不必要な充電器の購入費が節約できるという。また、廃棄される未使用の充電器が年間1万1000トンにもなると推定され、その削減も重要である。これまで10年以上にわたって自主的に共通規格を採用するようメーカに求めてきたが実現されず、USB-Cのほか、iPhone用のLightningなど複数の規格が並存する。
 接続端子の規格統一がどんな影響をもたらすかを考えるための参考として、家庭用電気コンセントを例に挙げよう。日本における一般的な家庭用コンセントはJIS規格で細かく規定されており、どのメーカの電気製品も即座に接続できて便利だが、必ずしも万全とは言えない。何よりも、ロック機構がないため、抜けかかったコンセントが原因となる感電事故や火災が跡を絶たない。プラグの刃には位置と大きさが厳密に定められた穴があり、ここにコンセント内部のボッチがはまって抜けにくくするはずだったが、なぜか穴だけが義務化されポッチの方は任意とされたせいで、ほとんど利用されないのが現状である。また、電化製品が普及し始めた当初はアース側を区別しないと故障につながったため、アース端子であることを示すようにコンセントの左側の穴は右側より2ミリ大きくなっているが、現在では意味がない。
 電気コンセントの例に示されるように、規格の統一は製品の普及にプラスだが、状況の変化に対応できない危険性を伴う。USB-Cは、上下左右の区別がないシンメトリックなデザインで、電圧は5~20Vまで対応。信号ラインを介した充電器と接続機器間の通信によって適切な電圧・電流を設定できるようにするなど、現時点ではよく練られた性能を備える。しかし、今後の変化にどこまで応じられるかは、未知数である。
 スマホの充電に関してユーザの要望が強いのは、充電時間の短縮だろう。現在すでに、メーカ独自の急速充電が行われつつあるが、こうした急速充電では高電圧が必要になることが多い。ユーザの要望を受けてUSB-Cの対応電圧を増すことは可能か、増加させたときに旧式の機器が故障しないか---などの懸念がある。
 ここ四半世紀ほどにおける電気技術革新の要となったのが、蓄電池の改良である。ポケットに入る携帯電話が誕生したのも、次世代自動車の本命が燃料自動車から電気自動車に変わったのも、空中浮遊の技術にさして進歩がないのにドローンが空を飛び交うようになったのも、大容量で小型軽量化された蓄電池が開発されたおかげである。将来、数分で1ヶ月分の充電が可能な携帯機器用蓄電池が発明され、USB-Cでは対応できないとなったときには、どうするのだろうか。

【補記】筆者の世代では、充電器よりもACアダプター規格の乱立が悩みだった。PC本体と周辺機器を動かすのにACアダプターが必要なのだが、電圧と端子の極性・形状がバラバラで、すべての機器用に買い揃えなければならない。結果、樹液に群がるテントウムシのように、ACアダプターが電源タップに密集した。
 USB給電が可能になってからPC周りがずいぶんとすっきりしたものの、本体の背後に手を回して接続するときなど、USB端子がなかなかはまらず苦労した(悪名高いS端子ほどではないが)。はまらないのは上下が逆だからとひっくり返しても、うまくいかない。もう1回ひっくり返すと、なぜか一発ですっと入る。私は、この現象を「USBの謎」と呼んでいた。

LINEの個人情報が中国に流出?(21/03/20) [ニュース]

   LINE株式会社(*)が運営するコミュニケーションアプリ「LINE」に関して、個人情報の扱いに不備があったことが報じられ、波紋を呼んでいる。
(*)かつては韓国企業NAVER・ゲーム部門の日本法人だったが、「LINE」の開発によって売り上げが大幅に増加、2021年3月、経営統合によりソフトバンクグループの持ち株会社Zホールディングスの完全子会社に。

 具体的には、中国にあるLINE Digital Technology のスタッフが、問い合わせフォームやアバター機能、捜査機関対応業務従事者用システム(ここで謂う捜査機関とは、日本の検察や警察を指すとのこと)などを開発するに当たって、日本ユーザの個人情報(氏名、電話番号、メールアドレス、LINE IDなど)を入手できる状態にあったという。
 また、人権侵害など問題のある内容だとの通報があった書き込みに対して、日本国内の子会社LINE Fukuokaがモニタリングを行うが、タイムラインとオープンチャットに関しては、外部委託先(大連)でも行っていた。通常、LINEの書き込みは暗号化され外部の人間は読むことができないが、通報があった場合は平文に変換するようだ。
 ネットサービスを行う際に、日本の運営会社がユーザの承諾を得て個人情報を利用することは、法的に問題ない。しかし、外国の企業がアクセスするとなると、たとえ運営会社の業務を代行する場合であっても個人情報の海外移転に相当し、より厳しい規制の対象となる。日本の法律では、「外国にある第三者への提供を認める旨の本人の同意」が必要(「個人情報の保護に関する法律」第24条)。
 例外は、「個人の権利利益を保護する上で我が国と同等の水準にある」と認められる国の場合で、個人情報の保護に関して世界一厳格な一般データ保護規則(GDPR)を持つ欧州連合(EU)などが該当する。しかし、EUが「十分な保護水準にある」という十分性認定を行っていないことから、中国は対象外。むしろ、国家が情報収集する際に民間企業の協力を求める「国家情報法」が2017年に施行されたこともあり、中国に対する見方は厳しさを増している。
 LINE株式会社の主張によると、プライバシーポリシーに「お客様のお住まいの国や地域と同等のデータ保護法制を持たない第三国にパーソナルデータを移転することがあります」と明記しているので、インストールの際にユーザの同意を得たとされる。ただし、2万字ほどもあるプライバシーポリシーの真ん中付近に記されただけなので、常識的に考えれば、同意を得たとは言い難いだろう。
 今回のケースは、技術開発を行うスタッフにアクセス権を付与したもので、実際のアクセス回数はそれほど多くなく、個人情報が詐欺に利用されるといった実害が生じるとは考えにくい。しかし、さまざまなネットサービスが普及する中で、個人情報の保護に関して、ユーザも含めたすべての人がきちんと考えなければならないことを示す事例ではある。

【補記】筆者(吉田)は、LINEを含むあらゆるSNSを全く利用していないので、この出来事がどの程度重大なのかがよくわからない(「タイムライン」や「オープンチャット」が何を意味するのか知らないまま執筆した)。ただし、ネットアプリからさまざまな個人情報がだだ漏れになりやすいことは心得ており、たとえ「製品開発のため」と記されていても、何らかの情報を外部に送信するOSやブラウザの設定はすべてオフにしてある。Googleで検索する際にも、アカウントにログインしない。さすがに、利用規約やプライバシーポリシーすべてに目を通すことまでしていないが、以前、授業の参考にするためMicrosoft製アプリの利用規約における免責条項を読んでみたら、「たとえソフトの欠陥が原因で損害が発生したとしても、当社は決して賠償しません」という意味の文章が延々と繰り返されており、笑ってしまった。


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ワクチンを巡るニュース2題(20/11/21) [ニュース]

 ワクチンのニュースが注目されている。
 まず、新型コロナワクチン開発のニュース。
 ワクチンの開発には、ふつう数年から数十年がかかるとされる。1983年にウィルスが特定されながら、いまだにワクチンの開発ができないエイズのようなケースもある。これに対して、新型コロナワクチンは、世界中で莫大な費用をかけ同時多発的に研究が行われたこともあって、これまでにないスピードで開発が進められている。ロシアや中国での発表に続いて、11月には、欧米で開発中のワクチンが臨床試験で好成績を収めたと報告された。
 米ファイザー社/独ビオンテック社が共同開発したワクチンは、4万4千人のボランティアの半数にワクチン、半数にプラセボ(偽薬)を投与する臨床試験(第3相)で、90%以上(最終分析の結果によれば95%)の予防効果を上げたという。臨床試験での有効性として、世界保健機関(WHO)は70%以上、米食品医薬品局(FDA)は50%以上を求めているが、今回の試験結果はこの数値を上回る。ファイザーは20日、FDAに緊急使用許可を申請しており、承認されれば年内にも実用化される。
 米モデルナ社が米国立衛生研究所(NIH)と協力して開発中のワクチンは、3万人以上を対象とする治験を行った。プラセボ接種者のうち90例が新型コロナを発症(うち11例が重症化)したのに対して、ワクチン接種者での発症数は5例にとどまり、有効率が94.5%とされた。ワクチンの重篤な副作用は見られず、10%弱に倦怠感や筋肉の痛みなどが生じたという。
 好成績をあげた2つのワクチンは、いずれもメッセンジャーRNA(mRNA)を利用する新技術に基づく。ウィルスを不活化して作る一般的なワクチンと異なり、(1)新型コロナウィルスが持つ表面タンパク質のアミノ酸配列を解析、(2)このタンパク質をコードしたmRNAを合成、(3)mRNAを脂質でコーティングして製剤化---という手順で作られる。ワクチンを投与された患者の体内では、mRNAの指示で表面タンパク質が合成され、免疫応答を誘導する。ウィルスの持つ毒性を回避するため安全性が高く、タンパク質の構造さえわかれば製造できるのでウィルスの変異にも対応できると期待される。ただし、マイナス60度以下での保存・輸送が必要となるため、普及させる上での障害が大きい。
 今後は、有効性(重症化しやすい高齢者や基礎疾患を持つ人にも充分な効果があるか)、安全性(多数の人に接種されるので、重篤な副作用が稀に生じないか)をチェックする必要がある。

もう一つのニュースは、子宮頸がんワクチンに関するもの。
 日本では、年間約8500人が子宮頸がんと診断される。一生の間に73人に一人の割合で罹る病気で、早期に発見できれば予後は良好だが、後期になると治療が難しい。年間2500人が死亡し、不妊や排尿障害などの後遺症が残ることもある。
 原因は、ヒトパピローマウイルス(HPV)。HPVはごくありふれたウィルスで、成人女性の80%以上が感染したことがあるとされる(男性も感染・発病する可能性あり)。多くは免疫機能によって排除されるが、免疫が弱く長期にわたって感染が続くとガンを発症する。
 持続感染を予防するHPVワクチンは、世界100カ国以上で発売されている。ガン予防効果は60~70%程度とされるが、接種年齢が低いほど有効性が高い。167万人の女性を対象に行ったカロリンスカ研究所の調査結果(2020年10月)によると、10~30歳の女性ではワクチン接種によって子宮頸がんのリスクが63%減る。10~16歳に限ると88%減だった。
 日本では、2010年度からワクチン接種の公費助成が始まり、2013年4月から12~16歳対象の定期接種となったが、同年6月に副作用(副反応)に対する懸念が高まって積極的勧奨が差し控えられ、現在に至る。この結果、2000年以降に生まれた女児の接種率は激減、1995~98年生まれで80%近かったのに対して、2002年以降は接種率1%未満となった。カナダやイギリスで15歳以下の女性の80%程度、アメリカで55%が接種しているのに比べると、先進国では突出して少ない数字である。大阪大学などのチームで行われた研究によると、2002~03年生まれの女子の場合、接種率が激減したことによる子宮頸がん罹患数の増加は17000人、死亡数の増加は4000人と推計される。
 一方、日本で心配された副作用の割合はそれほど高くなく、5万人を対象とした調査で死亡や重篤な後遺症はゼロ。報告された副作用は、胃腸症状や発熱、筋肉痛などである。また、デンマークの研究チームは、慢性的な痛みが続く慢性疼痛症候群とワクチン接種の間に因果関係は見られないと報告した。

 ワクチンは万能ではないが、感染症を予防するきわめて強力な手段である。「正しく恐れ、正しく期待する」ことが必要だろう。


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東証システム障害、真の原因は…(20/10/31) [ニュース]

 10月1日に東京証券取引所で発生し、終日取引停止に至ったシステム障害の原因は、(1)ハードウェアの故障、(2)マニュアルの記載ミス、(3)取引再開ルールの不備---という3タイプのミスが重なった結果であることが判明した。問題の重大性は、(1)→(3)の順に大きくなると考えられる。
(1)NASの故障 : 10月1日午前7時4分、株式売買システム「アローヘッド」で、銘柄やユーザー情報などを格納するNAS(ネットワークHDD)のアクセス異常が検知され、売買監理画面などが使えなくなった。原因は、昨年11月に納入されたNAS1号機におけるメモリ故障。ただし、ハードウェアの故障は、ある確率で必然的に発生するものであり、これ自体はさして重大な問題ではない。
(2)マニュアル記載ミスによるフェイルオーバーの失敗 : NASは2台用意されており、1台が故障したときには、バックアップへの自動切り替え(フェイルオーバー)が行われるはずだった。ところが、マニュアルに記載ミスがあったために自動的に切り替わらない設定になっており、2時間以上にわたってNASを作動させられなかった。
 トラブルを起こしたNASは、米社製ストレージを組み込んだ製品を富士通が東証に納入したもので、3代目に当たる。2010年に納入された初代は、フェイルオーバー設定値が「ON」ならば「即時切り替え」、「OFF」ならば「15秒後に切り替え」という仕様だった。ところが、15年納入の2代目からは、「ON」ならば「即時切り替え」は同じだが、「OFF」では「切り替えない」に仕様が変更となった。にもかかわらず、富士通のマニュアルでは「OFF」ならば「15秒後に切り替え」のまま(マニュアル作成は富士通が担当、記載ミスの原因は不明)。設定値が妥当かどうかは富士通と東証が共同で検討したが、マニュアルを元にしたチェックだったため、初代から引き続き「OFF」にされた。結局、2代目から自動的に切り替わらない不適切な設定になっており、5年間NASが故障しなかったため、今年まで見過ごされてきたようだ。
(3)取引再開ルールの不備 : 異常検知後、東証と富士通はNASの手動切り替えを試みたが失敗、午前8時36分に全銘柄の売買停止を決定した。午前9時26分になってようやく切り替えに成功、アローヘッドの再起動を検討したものの、各証券会社との調整がうまくいかなかった。
 東証の取引は9時から始まるが、注文の受付は8時に開始される。7時過ぎに異常を検知した時点で注文受付を停止していれば、何の問題もなくシステムを再開できたはず。ところが、過去に起きた2つのトラブルがそれを妨げたようだ(以下の記述は、日経新聞の記事を元に吉田が再構成)。
 2012年のシステムトラブルの際、いったん注文受付を停止した後に再開したところ、未発注のまま溜まっていた大量の注文を証券会社がいっせいに送信しようとしたため、システムに負荷がかかり混乱が起きた。このため、東証は「障害が起きても注文受付は続ける」という運用ルールを設けた。
 さらに、18年のトラブルでは、東証と証券会社をつなぐ4回線のうち1つが使えなくなり、回線を切り替えられなかった証券会社から公平性を欠くとのクレームがついた。そこで、東証は、障害が起きたときには各証券会社から状況を聞き、不公平にならないようにすることを決めた。
 今回、12年のケースに基づいて8時から注文を受け付けたが、システム再開時にこの注文をどうすれば良いか、18年の教訓をもとに各証券会社に問い合わせたところ、状況に差があってまとまらなかった。結局、混乱を避けるために終日取引停止に至った訳である。
 「システム障害時に受け付けた注文は失効」というルールをあらかじめ徹底させておき、全証券会社に注文失効メッセージを送信してからシステムを再開させても構わなかったのでは…と思われるが、東証の妙な気遣いで事態が悪化したとも言えよう。


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神経細胞は再建可能か? iPS細胞移植(20/10/17) [ニュース]

 神戸市立神戸アイセンター病院は16日、iPS細胞から作成した直径1ミリほどの神経網膜シートを移植する手術を実施したと発表した。手術を受けたのは、遺伝的疾患により視細胞が徐々に死滅する「網膜色素変性症」の患者で、10年以上前に発症し現在は明暗がわかる程度だという。
 iPS細胞(人工多能性幹細胞)は、皮膚などの体細胞に多能性誘導因子と呼ばれる遺伝子を導入することで、さまざまな組織に分化する能力を復活させた細胞。再生医療の切り札とされ、これまで各地の研究機関で臨床研究が進められてきた。世界初の臨床試験は、理化学研究所などのグループが2014年に行ったもので、「加齢黄斑変性」の患者にiPS細胞から作成した網膜組織を移植した。これ以後、角膜、血小板、心筋細胞などがiPS細胞から作られ患者に移植されている。
 2018年には、iPS細胞から誘導したドーパミン神経前駆細胞をパーキンソン病患者の脳に移植する治験が京都大学のグループによって行われた。これは、不足するドーパミンを補充するためのもので、神経を再建しようという試みではない。
 今回の手術は、あくまで臨床研究の一環としてガン化の有無や神経網膜シートの生着を確認することが主目的であり、移植したシートの面積が小さいため大幅な視力回復が期待できるわけではない。しかし、視神経が再建されて光を感じられるようになれば、これまで不可能だった中枢神経系の再建への道を開く画期的なステップとなる。


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電子決済サービスの被害拡大(20/09/27) [ニュース]

 電子決済サービスによる不正引き出し被害は、発端となったドコモ口座のみにとどまらず、PayPay、LINE Payなど10の決済業者に範囲が拡大、預金を引き出された銀行も、件数・金額が突出しているゆうちょ銀行をはじめ、10以上にのぼる。
 今回の事件は、次のようにして起きた。まず、犯人が何らかの方法で銀行預金者の口座番号を入手、その名義を使って決済業者用のアカウントを開設し、銀行口座をチャージ元に指定した。このとき、銀行によっては、暗証番号など単純な認証をクリアすれば、預金が引き出せるようになる。事件の背景に、決済業者と銀行それぞれの側で、本人確認が徹底されていないという問題があった。
 決済業者側の問題としては、本人確認を充分に行わないまま、アカウント開設と銀行口座への紐付けを行った点がある。ドコモ口座の場合、メールアドレスさえあれば本人確認なしにアカウント開設が可能となり、口座番号と名義がわかれば銀行口座に紐付けできる。本人確認なしで決済できる電子マネーサービスは以前からあるが、これは、事前に決済業者への支払いが行われるプリペイドのケースであり、残金不足だと銀行口座からチャージできるのに本人確認が杜撰というのは、決済業者の手落ちと言わざるを得ない。
 ただし、決済業者以上に問題の多いのが、銀行側である。公共料金の自動振り込みを利用している人はわかるはずだが、口座から引き落とされるようにするには、たとえ水道局のような信頼できる事業者が相手であっても、事前に所定の書類に必要事項を記入し捺印することが求められる。この面倒な手間があるからこそ、これまで銀行預金の不正な引き出しは滅多に起きなかった。ところが、今回、いくつかの銀行が、口座番号と暗証番号さえ正しければ出金に応じたため、被害が広がった。
 口座番号は、それだけわかっても不正引き出しは(通常は)できないため、必ずしも秘密にされない。入金を受け付けるために、不特定の人に通知することも少なくない。口座番号と結びついた暗証番号は秘匿すべきだが、犯人は、何らかの方法(おそらく、多数の口座番号を入手し、特定の暗証番号に対して次々と口座番号を試す「逆総当たり攻撃」)によって、2つの番号の正しい組み合わせを見つけたのだろう。
 安全を保つためには、多要素認証が必須だとされる。例えば、キャッシュカードで現金を引き出す場合、キャッシュカード(現物)と暗証番号(情報)という2つの異なった要素を組み合わせることで、本人確認を行う。2要素だけでは不充分となると、さらに静脈パターン(生体)などを使った認証を行う。SMSを利用した本人確認も、携帯電話という現物を所有しているかどうかで判定する手段である。何かと批判の多いハンコだが、現物による本人確認の手段として、サインより確実性が高い(意思を確認するための単なる認め印は、サインに置き換えてかまわないが)。ついでに言うと、クレジットカードは、カード番号や有効期限などカードに記載される情報だけでネット通販の支払いが可能になるので、認証はないに等しい。不正引き出しの防止は、実際上、カード発行会社の対策に委ねられる(「クレジット」とは、本来、借主が信用できることを意味するが、昨今の情勢を鑑みるに、悪用されないために貸主たる発行会社の信用性の方が重要となる)。
 今回の不正引き出しでは、2要素認証を行っていなかった銀行が狙い撃ちにされたようだ。ドコモ口座などで利用されたネット口座振替受付サービスの場合、SMSによる2要素認証を行うことが多いものの、固定電話しか登録していない預金者はSMSが使えない。大手銀行の場合、預金者に送付したトークンにワンタイムパスワードを表示する2要素認証が利用されるが、地方銀行の中には、暗証番号という1要素だけで済ませていたところがあり、不正引き出しの温床となった。マイナンバーカードのように認証が複雑すぎると利便性が損なわれるため、利便性と安全性を秤にかけながら、最適な解を模索する必要がある。

【補記】筆者(吉田)は、キャッシュカードを利用する際には暗証番号に加えて静脈認証を併用する。装置のないATMでは静脈認証なしに引き出せるが、その際の上限金額はせいぜい食事代程度。クレジットカードは厳重に保管してあり、外部に持ち出すことはしない。ネット通販で無名の会社から購入する際には、クレジットカードではなくプリペイド電子マネーなどを利用する。ネットバンキングで使うログインパスワードは専用ソフトで作成した英数字混交のもので、ブラウザを介して外部に流出しないように、パスワード入力時にはグーグルアカウントなどからログオフしておく。振り込みの際には必ずワンタイムパスワードを利用し、一度に振り込める金額にも上限を設けてある(そのせいで、親の葬儀代を“分割払い”するハメになったが)。


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Excel「お節介機能」のせいで遺伝子名を変更(20/08/30) [ニュース]

 マイクロソフト製表計算ソフトExcelに搭載されたオートコレクト機能のせいで遺伝子の論文にエラーが多発したため、ついに科学者側が折れて遺伝子名を変更することになった。
 このエラーは、主に遺伝子の略称を日付に変換するというもの。例えば、ヒトのタンパク質Septin2をコードする遺伝子「SEPT2」は「2-Sep(9月2日)」に、Membrane associated ring-CH-type finger 1の遺伝子「MARCH1」は「1-Mar(3月1日)」に勝手に変えられてしまう。こうした誤変換は2004年に最初に指摘されており、それ以降、件数は増加の一途をたどっているとのこと。マーク・ジーマンの調査(2016)によると、学術論文3597件のうち、704件でExcelによる遺伝子名エラーが発生していた。遺伝子のデータを入手するために「SEPT2」のような略号で検索をかけた場合、誤った結果を得ることになりかねない。
 オートコレクト機能はマニュアルで解除可能だが、デフォルトでオンになっているため、多くの科学者がそのまま使用しており、誤訂正の多発につながったようだ。結局、ヒトゲノム命名法委員会は、今年8月3日にデータの扱いや検索に影響を与える略号を変更することを決定、これにより、「SEPT2」は「SEPTIN2」、「MARCH1」は「MARCHF1」と表記されることになった。今後略号を決める場合も、「ソフトウェアがミスを犯さないように配慮すべし」というガイドラインが示された。
 今回問題となった日付のケースは、これまで地域によって略し方が異なり混乱の元になっていた。「11/12/13」は、アメリカでは2013年11月12日、イギリスでは2013年12月11日になる。日本人がよく使う「13-12-11」は、国際的には通用しない。マイクロソフトが日付を強制的に変更する仕様にした意図は、わからなくもない。
 ただし、アプリが自動的な訂正を行う際には、必ず守るべき大原則がある。それは、訂正した箇所を明示し、人間がそれは誤った訂正だと判断したときには、元に戻せるようにすることである。論文中に遺伝子の略号と日付が混在していて、それらが全て「2-Sep」に変換されてしまった場合、簡単な操作で遺伝子か日付のいずれかに正しく戻せなければならない。アプリによっては、オートコレクトが上書きとなっており、誤訂正の訂正が不可能な場合もあるので、注意が必要となる。

【補記】筆者(吉田)も、各種アプリに搭載されたオートコレクト機能に悩まされてきた。多くのワープロには、行頭の数字を連番に変更する機能があるが、うっかりこれをオンにしたまま執筆していたとき、「第×章を参照」という文言が行頭に来たため、章番号が勝手に変わっていたことがある(元に戻せなかったため、どの章か改めて検索しなければならなかった)。
 日本語入力システムでは、AI学習のせいで奇妙なかな漢字変換が生じることがある。宇宙論の記事で「てんたい」がいきなり「転貸」と変換されたときには、びっくりして何を書こうとしていたか忘れてしまった(直前の文章に経済と関連する用語が含まれていたらしい)。最近では、アプリの使用を開始する段階で、メニュー-オプションを隅から隅まで調べ、オートコレクトとかアシストといった機能(特に、AIなどという怪しげなものを持ち出す場合)はほぼ全てオフにしている。


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蘇った白亜紀の微生物(20/08/10) [ニュース]

 海洋研究開発機構などから構成される国際研究グループは、430万~1億150万年前の海底堆積層から採取された微生物が、餌を与えることで生命活動を再開したと報告した(    NATURE COMMUNICATIONS, 28 July 2020)。微生物の種類は、rRNA解読などを基に、シアノバクテリアなど一部が特定されている。1億年以上前の地層に微生物が含まれるという報告はこれまでにもあったが、活動を停止していた古代の微生物が代謝・増殖の能力を保っているかどうかは不明だった。
 試料を採取したのは、南太平洋環流域の深海底7カ所(水深3740~5695m)。この場所の堆積層(海底表層から玄武岩直上まで)は、粒径の小さな遠洋性粘土がみっしり詰まっているため、微生物でもほとんど動けない。顕微鏡写真で見ると、粘土の塊の中にわずかに細胞が点在する様子がわかる。このため、古代の微生物が移動できずにそのまま閉じ込められたと考えられる。エサとなる有機物が少ないせいもあって微生物の呼吸活性はきわめて低く、すでに死滅し化石化しているとも考えられた。
 ところが、採取された微生物に、エサとなる物質(グルコース、酢酸、ピルビン酸、重炭酸、アンモニア)を含む溶液を滴下し、微量の酸素を供給したところ、培養開始から21日目にはエサを吸収(質量分析器を使って確認)、68日目には活発に増殖していることが判明した。細胞濃度は多いもので1万倍以上に増え、細胞分裂に要する期間は平均して5日だった。これは、下北半島八戸沖の海底下微生物より5倍も早いという。これらのデータから「生きていた微生物の割合」を計算したところ、平均で77%、1億150万年前(白亜紀)の地層では99.1%に達した。
 古代の微生物は、元気だったのである。


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